Synthetics

世界各地から自動の疑似アクセスを送り続け、利用者より先に故障へ気づくための外形監視です。実ユーザーがいない深夜も、まだ誰も踏んでいない導線も、機械の目が定期巡回してくれます。

何ができるか

API や Web ページに対して、シミュレートされたリクエストや操作を世界中のロケーションから定期実行し、応答の正しさと速さを検証します。HTTP・SSL・DNS・TCP・gRPC などの各ネットワーク層を対象にでき、ステータスコード異常や応答遅延を検知すると通知します。

どのような場面で使うか

「利用者からの報告で障害を知る」状態を卒業したいときの基本装備です。ログイン → 検索 → 決済のような重要導線が本当に通るかを 5 分おきに確かめる、証明書の期限切れを事前に検知する、リリース直後の主要 API を見張るといった使い方をします。

身近な例え

定期巡回する覆面調査員です。営業時間外も含めて毎日何度も店を訪れ、「入口の鍵は開くか」「注文から提供まで何分か」を同じ手順で確かめて報告してくれます。実際のお客さんの観察 (RUM) と違い、お客さんが来ない時間帯でも異変に気づけるのが持ち味です。

外形監視が拾う、内側の監視では見えない故障

サーバーの CPU もエラーログも正常なのに、利用者からはサイトに到達できない。DNS の設定ミス、証明書の期限切れ、CDN やロードバランサの不調など、「自分の外側」で起きる故障は内側の監視だけでは拾えません。外形監視 (Synthetic Monitoring) はこの死角を埋める仕組みで、Datadog では世界各地のロケーションからシミュレートされたリクエストと操作を送り、Web ページと API の挙動を安定した条件で検証し続けます。対象にできるネットワーク層は幅広く、HTTP・SSL・DNS・WebSocket・TCP・UDP・ICMP・gRPC が並びます (2026 年 8 月時点・出典: Synthetic Testing and Monitoring)。検証結果は主要エンドポイントやユーザージャーニーの SLO の計算にもつなげられるため、「うちのログイン導線は 99.9% 通る」を口約束ではなく計測値として持てるようになります。テストの作成は画面上のほか API や Terraform でも行え、監視をコードで管理したいチームにも道が用意されています。

最初の一歩は API テストから

導入の起点として公式が用意しているのが API テストです。単発のリクエストを送る形式と、複数のリクエストを連鎖させる multistep 形式があり、HTTP テストなら「このエンドポイントに GET して、ステータス 200 が 500 ミリ秒以内に返り、レスポンスボディに特定の文字列が含まれる」といった検証を数分で組めます (2026 年 8 月時点・出典: API Tests)。SSL テストは証明書の有効性を、DNS テストは名前解決の正しさをそれぞれ見張ります。実務では、まずヘルスチェック用エンドポイントへの HTTP テストと、本番ドメインの SSL テストの 2 本から始めるのが定石です。この 2 本だけで「サイトが完全に落ちている」「証明書が切れかけている」という最も恥ずかしい 2 大事故の目撃者が利用者から機械に変わります。multistep は認証トークンを取得してから本命の API を叩くような、単発では表現できない検証に進むときの次の一手です。

ブラウザテストの作りやすさと壊れやすさは表裏

ブラウザテストは実際のブラウザで Web アプリを操作するシナリオを世界各地・複数ブラウザ・複数デバイスで定期実行するもので、レコーダーで実際に操作しながら手順を記録して作ります。あらかじめ用意されたテンプレートから始めることもできます (2026 年 8 月時点・出典: Browser Tests)。記録だけで作れる手軽さの裏返しとして、ブラウザテストは UI の変更で壊れやすいという宿命を持ちます。壊れにくく保つ実務の工夫は 4 つあります。第一に、シナリオを「事業が止まる導線」だけに絞ること。網羅を狙った 30 本より、決済導線の 3 本の方が保守が続きます。第二に、検証 (アサーション) を本質的な成功条件に限定すること。文言の一字一句を検証すると文言修正のたびに壊れます。第三に、URL や認証情報を変数化して環境変更に強くすること。第四に、計画メンテナンス時はダウンタイム設定と連動させることです。テストはダウンタイムの時間帯に自動で一時停止するため、深夜メンテのたびに偽アラートで人を起こす運用から抜けられます。

実行回数の課金は頻度とロケーションの掛け算で見積もる

Synthetics の課金単位はテストの実行回数です。2026 年 8 月時点の公式料金ページでは、API テストが 1 万実行あたり月 5 ドル、ブラウザテストが 1,000 実行あたり月 12 ドル (いずれも年契約) と、単価の桁がひとつ違います。さらにブラウザテストには 25 ステップごとに 1 実行と換算する規則があり、50 ステップのテストは毎回 2 実行分として数えられます。事故はこの掛け算の見落としから起きます。公式の例示に沿って数えてみます。

  • 60 ステップのブラウザテスト = 1 回で 3 実行分
  • 15 分ごとの実行 = 1 時間に 4 回
  • ロケーション 5 か所 × デバイス 2 種 = 10 系統
  • 3 × 4 × 10 = 1 時間あたり 120 実行
  • 30 日続けると約 86,400 実行 = 月 1,000 ドル超の規模
頻度 × ロケーション × デバイス × ステップ換算の掛け算 (2026 年 8 月時点・出典: datadoghq.com/pricing の例示に基づく試算)

1 本のテストとしては何も派手なことをしていないのに、この規模になります。見積もりの手順は「実行間隔・ロケーション数・デバイス数・ステップ数を掛けて月間実行数を出してから単価表に当てる」の一手だけで、逆にこの一手を飛ばすと確実に驚くことになります。守りとしては、実行間隔をテストの重要度で分ける (死活は 1 分・導線確認は 15 分・網羅確認は 1 時間)、ロケーションは利用者の実在地域に絞る、の 2 つが効きます。なお本記事の価格は各時点の実例であり、執筆後の価格改定を反映するものではありません。料金全体の構造は料金の読み解きで扱っています。

Private Location - 社内システムにも覆面調査員を

公開インターネットから届かない社内アプリやプライベートなエンドポイントには、Private Location を使います。自社ネットワーク内に Docker コンテナ・Windows サービス・Kubernetes (Helm) として worker を設置すると、worker が Datadog 側へ HTTPS でテスト設定を取りに行き、ネットワーク内でテストを実行して結果を返します (2026 年 8 月時点・出典: Private Locations)。worker 側から外へ取りに行く方式なので、社外から社内への通信経路を新たに開ける必要がない設計です。公式が挙げる用途は、社内向けアプリの監視のほか、事業上重要な地域に独自ロケーションを立てる、本番リリース前に CI 環境でアプリの動作を検証する、社内ネットワークの内と外で性能を比較する、というものです。実務でありがたいのは最後の比較で、「社内からは速いのに社外から遅い」が数字で見えると、問題がアプリ側かネットワーク経路側かの切り分けが会話ではなくデータで進みます。管理された既製ロケーションと Private Location はテスト側から見ると同じように扱えるため、運用の型は変わりません。

どこまで Synthetics でやるか、E2E テストとの線引き

ブラウザテストを組めるなら、リリース前の UI テストも全部 Synthetics でやればよいのでは、という発想が出てきます。線引きの基準は「そのテストが落ちたとき、誰かを呼び出すか」です。本番の死活・重要導線・証明書のような、落ちたら即対応が必要なものは Synthetics の領分で、モニター経由の通知体制とセットで運用します。一方、開発中の機能の網羅的な UI 検証は、コードと同じリポジトリで管理される CI の E2E テストの領分です。テストコードと製品コードが一緒に変更・レビューされる方が、UI 変更への追随コストが安く済みます。Datadog にはこの中間に Continuous Testing という CI/CD 連携の仕組みもありますが、まずは「本番監視 = Synthetics・開発時検証 = CI」という単純な線から始めて困ってから考えれば十分です。また Synthetics は疑似アクセスである以上、実ユーザーの体験そのものは見えません。実客の観察は RUM の領分で、「誰もいない時間の見張りは Synthetics、いる時間の実態把握は RUM」という補完関係で捉えると、両者への投資判断がすっきり整理できます。

注意点

  • 本記事は 2026 年 8 月時点の公式ドキュメントの記載に基づいています。テスト種別や設定項目は変わり得るため、迷ったら作成画面の表示と公式ドキュメントの記載を優先してください。
  • 本記事の価格は各時点の実例であり、執筆後の価格改定を反映するものではありません。
  • ブラウザテストの実行回数は 25 ステップごとに 1 実行と換算されます (2026 年 8 月時点)。実行間隔・ロケーション数・デバイス数と合わせた月間実行数の試算を、テスト作成前に必ず行ってください。
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